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もしあいぼんがまろやかなロマネコンティだったら

413 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:00
あれは私がまだ15、6の頃のことです。
あれからもうずいぶんと経つのに
夏が来ると昨日のことのように思い出される光景があるのです。
今でも庭に出ると、もしかしてこの垣根の向こうで
あの人が絵を描いているのじゃないかと、そう思うのです。

「兵隊さん、夕餉の準備ができましたよ」
私はいつものように垣根の崩れかけた穴を通り一心不乱な背中に声をかけます。
そうするとその人は今初めて目を開いた人のようにはっとして私を振り返るのです。
「やぁ、ありがとうございます」
懸命なところを見られたのが恥ずかしいのか短く刈った頭を撫でて言うのです。
「今日は配給でイモが届いたので煮付けにしました」
「それは楽しみだ」
粗末な紙で作られた便箋と鉛筆をしまいながら兵隊さんは嬉しそうに笑いました。
「・・・紙がもったいなくはないのですか?」
他の兵隊さんは便箋を受け取ると我先にと家族や友人知人にあてて
隙間もないようにこまごまと手紙を書くのに
この人だけはいつもさっさと鞄にしまってしまうのが不思議だったのです。

414 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:01
「どうも、性分でしてね書くものがあるとつい絵を描いてしまうのです」
そういった兵隊さんは「でも本当は」と続けて言いました。
「先の空襲で私の田舎は焼け野原になったようで、多分もう誰も生きてはいないでしょう。だから手紙は書かないことにしたのです。もし生きていても・・・」
その先はなんとなく分かりました。
つい先日も私と歳の変わらないような青年が二人ばかり
日の丸と軍歌と万歳に送られてどことも知れない敵の戦艦を目指して
飛び立って行ったばかりです。
「でももし生きていらしたら・・・」
他の兵隊さんのように最期の言葉を残したいと思う気持ちはこの人にはないのでしょうか。
「さぁ、もう行きましょう。煮付けが冷めてしまう」
私の言葉をはぐらかすように兵隊さんは歩き出してしまいました。

415 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:02
宿舎には沢山の兵隊さんが居ました。
多い時は200人余もの人が一度に生活をしていました。
陽気な人、怒りっぽい人、厳つい人、
みなお国を守る兵士としてあくまで男らしく振舞っていました。
国から振舞われた酒を飲み自分がどう果敢に散っていくか。
どんなに自分が死を恐れていないか、毎晩遅くまで話していました。
けれどいざ赤紙が来ると、やはり怖がる人もいるのです。
泣いたり、叫んだり、そうして上官の方に殴られ、諌められる人もいるのです。
「あの子らにだって家族があるだろうにねぇ」
兵隊さんたちが寝静まった頃
台所で片づけをしながらこの宿の女将さんは涙をこぼしました。
慣れる事はどうしたってできないものです、死に行く人を見送るのは。
『早くこの戦争が終わればいいのにね』
そんな言葉を固く胸に封じ込んで私と女将さんは
真っ赤に目を腫らして泣きながら明日出立する人のお米を研いでいました。

416 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:02
「ああ、丁度良かった」
ある日洗濯物の入った桶を手に外へ向おうとした私を呼び止めたのは
いつもの兵隊さんでした。
「手が空いていたら少し話しませんか」
私の手は見ての通り塞がっていたのですがその話し方がただ事でなかったので
私は桶を持ったまま兵隊さんの後ろへついていきました。
「どうも私にも年貢の納め時が来たようです」
垣根の向こうのちょっと影になっているところへ来ると彼はそう言いました。
私はその言葉にハッとしました。
兵隊さんはこっくりと頷き、それからやにわに真顔を作ると私に敬礼をしました。
「お国のため、この命をかけて戦敵を殲滅するため、いってまいりますっ!!」
厳しい顔でそう言った後ぺこりとお辞儀をすると踵を返して行ってしまいました。
私はただ呆然と洗濯桶を抱えたまま立っていました。

417 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:02
広間からは相変わらず軍歌と万歳が聞こえてきます。
明日旅立つ人は4人。
別れを惜しみ、勇気を奮い起こし、
自分達も必ず後から行くからと声高に語る声が聞こえます。
あの兵隊さんは、一体どんな気持ちでいるのか、それは誰にも分からないことです。
「もう遅いから先にお休み。明日も早いから」
片づけを終えた女将さんに促されて一足先に母屋の方へ行こうと勝手戸を空けました。
月が、とてもきれいな晩でした。
ふと気になって庭に出ました。
もしかしたらと思い垣根に向いました。
「おや、みつかりましたか」
兵隊さんはいつものように頭を掻いて振り返りました。
「どうもああいう場は苦手で」
そうして手に持った徳利から手酌で猪口に注ぐとそれをぐいっと飲み干しました。
私は黙って脇に立っていました。

418 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:04
「・・・僕は以前ヨーロッパへ絵の勉強をしに行ったことがあるのです。
 とても良いところでした」
「えっ」
私はビックリして兵隊さんを見ました。
軽々しくこんな話をしていいのかとヒヤリとしました。
敵国の話をこんなに懐かしそうに語るなど。
けれど酔っているのかいつになく上機嫌な様子で兵隊さんは語ります。
「向こうではぶどう酒が主流なんです。男も女も食事と一緒に飲むんです」
「女もですか」
「そう、みんな上機嫌でね。酒場では皆が友人同然な陽気な酒でね。大好きだった」
ぐいと猪口をあおって兵隊さんは懐かしそうに空を見ました。
「『あいぼん』っていったかな。
 僕みたいな貧乏学生にはとても口にできないような有名なワインがあるんです。
 話に聞けば聞くほど呑みたくなってね、絵を描く仲間の連中でちょっとづつ金を出し合ったけ
 どどーしたって足らない。で、結局自分達で描いた絵を売ろうって話になったんですがね
 ・・・どうなったと思います?」
くすくすと兵隊さんは笑って私に言いました。
私はこの垣根の向こうで人が聞いていないことを祈りました。
見つかれば直ちにあの鬼のような軍曹さんに「けしからん」と殴られるでしょう。
それだけではすまないかもしれません。

419 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:06
「やっとのことで手に入れたんだが、
 なにせ大人数だったもので皆で分けたらほんのこれだけ、
 本当に舐める程度でしかありませんでした。
 ・・・だけど、美味かったなぁ・・・さすが音に聴こえる『あいぼん』だと思いました。
 甘くて香りが豊かで・・・」
兵隊さんは切れ間なく淀みなく話し続けます。
この機会を逃したらもう誰とも話すことができないとでもいうように。
私はただ黙って聞くことしかできませんでした。
「そんな一本のワインのために
 世界中からきたの若造が金を出し合ったんです。
 フランス人もイギリス人もイタリア人もアメリカ人もいたかな
 ・・・僕にはどうも見分けがつかないけど」
兵隊さんはふぅっと大きな息を吐いて月を見上げました。
「たった一つ好きなものがあるだけで
 どんなに目の色や肌や髪の色が違っても僕らは協力し合えたんです。
 『あいぼん』という目標の前では
 僕らの間にある国だとか人種だとかは何の意味ももたなかった・・・」
不意に兵隊さんが口をつぐみました。

私も相変わらず黙ったままでした。

420 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:07

夏を迎えた庭を月が明るく照らし出します。
ふと思い立ったように兵隊さんは自分の鞄を漁り始めました。
「今まで世話になった御礼にこれを。こんなものしか手元になくて悪いのだけど」
そう言って差し出されたのは何枚もの便箋を綴った画帳でした。
「・・・あなたは長生きしてください」
兵隊さんの言葉に私は声を殺して泣きました。
無事に帰ってきてとはいえません。
行かないで欲しいとも言えません。
この人は死にに行く人です。
自分がどうなるか分かっていて、それでも行かなければならない人です。

「・・・ご武運を」
「ありがとう」

虫の声しか聞こえないとても静かな夜でした。



421 :名無し募集中。。。:04/09/01 22:08
その日はとてもよく晴れた暑い日でした。

軍歌と万歳の声はいよいよ大きく、力強くなります。
誰もが死に行く人に語りかけ、励まし、誓いをたて、絆を確かめていました。
出発まであと少しというところで
私は幸運にも兵隊さんと二人きりになることができたのです。
「・・・これを渡そうと思って」
差し出したのは湯飲みに入った砂糖水でした。
本当は特攻兵が出て行くときには氷砂糖を支給されるのですが
私が勝手にそれを溶かして作ったものです。
「『あいぼん』にはとても及ばないものですけど・・・せめて」

それは本当にただの砂糖水でした。
紅白まんじゅうに色を付けるときに使っていた食紅を砂糖水で溶いて
見てくれだけ紅くした砂糖水でした。
兵隊さんは湯飲みを軽く揺すると一気に飲み干しました。
「・・・ああ、本当に『あいぼん』の味がする・・・」
兵隊さんはしばらく目を瞑ってからそう言うと私に湯飲みを返してくれました。
「ありがとう。最期に『あいぼん』を呑めて僕は本当に嬉しい」
兵隊さんは泣きませんでした。
私に優しく笑いかけるとサッと敬礼しそれから振り向くことなく飛行機に向いました。

その日は本当によく晴れた暑い日でした。
貰った画帳の最後の頁には花を抱えて笑う私が描かれていました。



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