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レス数が1000を超えています。残念ながら全部は表示しません。
もしもガキさんが田舎に住む親戚のおねえさんだったら

488 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:16:40.95 0

里沙ねえからの一通の手紙、結婚式への招待状が私を古い街へと引き戻す。
私は二日の休暇を取り、実家へ久しぶりの帰省の連絡を入れる。
母は電話口で嬉しそうな声をあげる。
なんだかすり減ってしまった自分を、取り戻そうとしているような不思議な気持ちだ。

雨が申しわけなさそうに降る四月の朝、私は旅行カバンにざっと身のまわりのものを詰め、
列車に乗る。
窓際の席に座り、読みかけの本のページを開き、均一なスピードでそれぞれの文字を追い、
少しだけ眠って、最後にはあきらめて外の風景を眺める。
列車の窓を過ぎていく風景は、私が街を出た年と同じだ。
車窓をかすめる雨音も、かさかさに乾いたナッツの味も、
ときどき退屈そうに通ってゆく添乗員の草臥れたワゴンだってきっと変わっていない。


489 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:18:03.98 0

何年か前、私は街に里沙ねえを持っていた。
持っていたという言い方は、恋愛に誠実で傷つきやすい年齢の子にでも聞かせたらショックを与えてしまうかもしれないが、
とにかく私は里沙ねえを恋人として街に持っていたのだ。
少なくともその言い方はあのときのふたりの関係としては、合っている。
大学の休みがやってくると私は旅行カバンに荷物を詰め、朝いちばんの列車に乗った。
窓際の席に座り、本を読み、風景を眺め、ナッツを食べた。
街に着くのはいつも昼前だった。
どうしてか私が帰省する日はいつも雨が降っており、列車を降りるとまず最初に雨の匂いが感じられた。
街の隅々にはまだ消えずに朝のざわめきが残っていた。
私は大きな旅行カバンを抱えたまま、駅前の喫茶店に入って濃いコーヒーを頼み、
里沙ねえに「着いたよ」と電話をかけた。
そんな時刻の街の姿がたまらなく好きだった。
うっすらシアンブルーの混じった灰色の雨、コーヒーの香り、人々の眠た気な目、まだ始まったばかりの一日。
誰にも若いころの貴重な時間というものが均等に与えられていたのと同じように、
僕にだって愛惜すべきものは少なからずあったということだ。


490 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:19:19.72 0
続くのか?

491 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:21:44.28 0

街が近づき雨の匂いがする。微かな雨の匂いだ。
もちろん本当に雨の匂いがするはずはない。
ふとそんな気がしただけのことだ。
私は膝に掛けていた上着に袖を通し、網棚から旅行カバンと傘を取り、列車を下りる。
そして本物の雨の匂いを吸い込んで体に馴染ませる。
反射的に里沙ねえの顔が私の頭に浮かぶ。
二〇〇七年、真っさらなウェディングドレスを身に纏う綺麗な里沙ねえの姿が。
想像しているだけで、夕方の結婚式がはじまる前に里沙ねえに巡り会えそうな気がしてくる。
そうしたら昔よく通ったレストランの小さなテーブルをはさんで、もう一度語り合うことになるかもしれない。
テーブルにはチェックのクロスが敷かれ、窓際にはゼラニウムの鉢が置いてある。
私は言う。
「やあ、何年ぶりかな。本当にあっという間に時間は過ぎちゃったね。里沙ねえが結婚だなんて」
違う、こうじゃない。
「最後に里沙ねえに会ってから、どれくらい経ったんだっけ。もう死ぬまで会えないのかと思ったよ。
いや大袈裟じゃなく。あ、ところで結婚おめでとう」
もっとひどい。
蛇口をひねってコップに水をそそぎ、はいどうぞというようなやり方ではいけないのだ。
「いろんなことがあったよね」
そうか、これで良いかもしれない。
だって本当にいろんなことがあったのだから。


492 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:21:57.33 0
持ってたが気になって集中でけへん(;´д⊂ヽ

493 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:22:49.59 0

私は五年も前に結婚していた。
子どもが二人いて、高校の教師をしていて、ずいぶん長期に渡るマンションのローンを抱えている。
あるいはそんな話をすることになるかもしれない。
「子どもはかわいい?」と里沙ねえは訊ねる。
「かわいいよ」と私は答える。
里沙ねえは笑って「いいね」と言う。
今度は結婚相手のことを私が訊ねる。里沙ねえは「いい人よ」と答える。
沈黙。
やがて覚悟を決め、結局のところずるいのは私だったのだ、と彼女に伝える。
もしも損なわれた何かがあるのだとすれば、それはすべて私の責任であったのだ、と。


494 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:23:53.92 0
狼にしてはちょっと難しくなってきたのら><

495 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:25:04.97 0

ぼんやりと思いを廻らせているうちに私は無性にあのレストランに行きたくなった。
急いでランチタイムの前に着けば窓際の席は空いているかもしれない。
そして窓際の席でコーヒーを飲みながら、
昔の里沙ねえを微かに感じとることができるかもしれない。

雨は糸のように細く、そして長く降っていた。
路地裏の猫が自分だけの抜け道をするりと上手く通っていくみたいに、レストランまでのショートカットを私の体はちゃんと覚えていた。
中に入り、おそらく数年前にもいたウェイターに傘と旅行カバンを預け、店にひとつしかない窓際の席を用意してくれるよう頼んだ。
ウェイターはエプロンの前掛けの部分をしゅっと伸ばし、埃を払うような口ぶりで、
「申しわけありませんが窓際の席は空いておりません」と言った。
私はどうしても窓際の席がいいんだと訴えた。
ウェイターは困ったふりをしながら、体の良い断り方を考えているようだった。
私が痺れを切らせて衝立の向こうをひょいと覗くと、店内にいる客はひとりだけで、
窓際の席に座っていた。
「申しわけありません。あちらのお客様も窓際の席をご所望で……」
「いや、いいんだ。ぜんぶ解決したから」
私はウェイターにそれだけ言って、小さなテーブルをはさんで、彼女の前に座る。
テーブルにはチェックのクロスが敷かれ、窓際にはゼラニウムの鉢が置いてある。


496 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:25:05.89 0
まさかこんな本格的な小説が読めるとは

隣の若奥様が石川だったら以来だ

497 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:27:29.53 0

「遅かったじゃん」
「思い出すのに少し時間がかかったんだ」
「駅前の喫茶店で待ってようかと思ったんだけど」彼女は言った。
「ここのほうがいいかなと思って」
私は黙って頷いた。
「何か頼む?」
「コーヒーだけ」
里沙ねえはウェイターを呼んでコーヒーを頼んだ。
昔みたいだ。
釈然としない顔でことの成行きをを窺っていたウェイターも、注文を聞いたあとなにかしら納得した様子で奥に引っ込んだ。
実際のところはわからないけれど、私と里沙ねえのことを知っている風な顔をしていた。
ウェイターがコーヒーを持ってふたたび現れるまで私たちは窓の外の雨を黙って眺めていた。
ときどき雨は窓をかすめた。


498 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:27:57.02 0
改変臭いな
でもどうでもいいかw

499 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:29:07.39 0

「いろんなことがあったよね」と私は言った。
それを皮切りに、最後に里沙ねえと会ってから今日までの日々をなるべく丁寧に語った。
ささやかな生活を、点字をなぞるように語り聞かせた。
里沙ねえも断片的に彼女のことを話したが結婚相手のことは何も言わなかった。
それから彼女は「子どもはかわいい?」と訊ねた。
「かわいいよ」と私は答えた。
里沙ねえは笑って「いいね」と言った。
結婚相手のことを私が訊くと、里沙ねえは「いい人よ」と答えた。
それから「本当にいい人よ」とつけ加えた。
そして沈黙。
なにもかもが私の想像したとおりに進んでいく。


500 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:30:51.85 0
どうでも良いがどの順番で読んでいいんだ?

501 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:31:12.38 0

私はそのあと言おうと思っていたことをうまく言葉にできないでいた。
今さら昔の話を持ち出したところで誰が得するというのだろう。
「結局のところ、ずるいのは僕だったんだ」私が言う。
「ううん、いいの。誰も悪くなんてないんだから」彼女は言う。
「でもどうしてもひとこと謝っておきたかったんだ」
「もういいの」
そんなやり取りをして、わかりあった気になり、互いのあるべき場所へ戻っていく。
そしてそれぞれの生活を送りながらときどき思い出す。
あのとき私たちは確かにわかり合った、これは正しいありかたなのだ、と。

違う。それではいけない。
私は煙草を上着の胸ポケットから取り出した。
ライターの鑢を何度擦っても火がつかなかった。
雨に濡れて台無しにしてしまったのかもしれない。
里沙ねえはテーブルの上の籠に入ったマッチの山からひとつを取り、黙って私に渡した。
私はマッチを擦りながらふとテーブルの上に目をすべらせた。
飲みかけのコーヒーがさめざめと何かを語っており、コーヒーカップのとなりにマッチ箱は無造作に置かれていた。
マッチ箱には「All I need is you.」と安っぽい印刷がされていた。
もちろん彼女はそんなメッセージに気づかずにマッチを渡したはずだ。
偶然のことだったのだ。
そして偶然なだけによけいに現実的で、哀しかった。
私は、泣いた。
そして、私はもっと前に泣くべきだったのだ、とそう思った。


502 :名無し募集中。。。:2007/04/13(金) 00:33:37.16 0
横レスだけど
>>500
>>488から物語としてつながってるよ

503 :四月の雨 ◆moMK.HYLpo :2007/04/13(金) 00:33:56.25 0

テーブルの上にのせた私の手の上に里沙ねえは手を重ねた。
彼女は何も言わなかった。
小さい手だった。
四月の健康的な陽射しでも、白熱灯の実用的な光でもなく、
素朴で深みのある蝋燭のような明りを里沙ねえは灯したのだ。
私は好きなだけ泣いた。
そして、私たちはレストランを出た。

里沙ねえは「じゃあ、また後で」と言った。
私は「おめでとう」と言った。
里沙ねえは「ありがとう」と言って、雨が降る午後の四月のアスファルトをゆっくりと歩いていった。
私は長いあいだ彼女の背中を見送っていた。
それから駅に向かい、列車に乗り込んだ。

窓際の席に座り、読みかけの本のページを開き、自分のペースでそれぞれの文字を追い、
少しだけ眠って、それから外の風景を眺めた。
列車の窓に映る風景は、それでもやはり私が街を出た年と同じだった。
草木や堤防の影が車窓を横切っていくのを眺めながら私は再び眠ろうとしていた。
そして薄らいでいく意識のなかで、ふと思う。
目覚めたとき、私はなにかを取り戻しているんだろうか、と。
目覚めたとき、里沙ねえは。




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